中年から始めるAndroidはどうあるべきか

この記事は以前ツイッターでつれづれなくつぶやいたものを加筆修正してまとめたもので、ほとんど日記に近いものがあります。立ち寄った書店での中年のおっさん(ちなみに、私自身のことではない)と若いねーちゃん店員との押し問答で中年とガジェットとのかかわり合いに悲壮感を感じたものをそのまま文章にしたものです。

ツイッターで面白かったと感想をもらったので調子に乗って記事にまとめてみました。

Android phone books

今困っていることがある。VPSサーバーを借りたのだが、四十の手習いでググって調べてセキュリティー設定やら各種インストールなどうまく行ってはいる。

ググった内容のコピペで殆どできちゃうんだが、そのコマンドやオプションの意味を把握せずにやっているのが性格的に非常にストレスなのだ。

どの位ストレスなのかというと、SKE48のW松井は見ればそれがW松井だと分かるんだが、下の名前がどうしても覚えられないというストレスに似ている。

もっと言うと、違うと分かっちゃいるのに頭が言うこと聞かないストレスが、松井と聞くと無条件でゴジラ松井を思い浮かべてしまうことだ。しかもその松井はジャイアンツのユニフォームを着ていたりする。時代錯誤も甚だしい。

そこで、会社帰りに大型書店に足を運んだ。借りたサーバーのOSであるCentOSの本を探すためだ。Linuxサーバーの構築に関する書籍も読んでみたい。買う気はない。読んで感覚が掴めたらそれでミッションコンプリートだ。

ところが書店にはUbuntuの本だらけ。コマンドの話なのでディストリビューションの家系が違うと素人には理解できないので困り果てて書棚の前に立ち尽くしていた。

中年のナントカ手習いは厳しい。おっさんにはコマンドが違っただけで別物に思えてしまう。若いうちに手を染めておけば良かったと後悔していたその時に、横にいつの間にか鎮座していたおっさんが店員の女の子と押し問答していることに気がついた。

そのおっさんは自分では気がついていないと思うがやたら声がデカい。なので一度気になってしまったら無理矢理でもその会話が耳にねじ込まれてくる。

おっさんは年齢的には40代後半から50代前半に見えた。イトーヨーカ堂あたりで売っているような色落ちジーンズをはいて、ダイエーあたりで売っているようなジャンパーを着て、カメラ小僧がレンズ数本入れて持ち歩くようなカバンを肩からたすき掛けしていた。

手には大きめの、そして横幅一杯に膨れ上がった全面真っ赤な紙袋を持っていた。どこかで見たような赤のような気がして思わずフェラーリ辺りを思い浮かべたが、赤ベースに白文字でロゴが書いてあることに気がついた。そこにあったロゴはFerrariならぬNTT DoCoMo。

なんだ、ドコモか。要するに携帯電話を買ったわけだ。いや、携帯電話なんぞであんな大きな紙袋はもらったことがない。そうか、タブレットだ。

ちなみに私にはタブレットを買う動機がないので持っていない。そもそも普通のケータイからスマートフォンに変えた理由はブログの記事がケータイでは効率よく書けないからだ。

もちろん自宅にいるときまでケータイで記事は書かない。通勤途中の時間を有効に使うためにケータイを使っているだけだ。電車に乗りただひたすらぼーっとしていた時間を今は記事執筆に当てている。

ケータイ時代はケータイのメール本文に記事を書いていた。文字入力は大変だったし、そもそもimodeメールは文字数制限があり、一万字を越えると一時保存すらできなくなるのだ。

そんな頃日本で最初のAndroidフォンであるHT-03Aに出会い、iPhone 3GSを経て今は初代MEDIASを愛用している。フリック入力ができテキストエディタがありネットにいつでも繋がり写真も撮れて通勤時間をブロガーとして過ごせる最高のデバイスだ。

タブレットの方が画面が大きい分記事を書くという面にだけフィーチャーすれば使い勝手は上だが、如何せん満員電車で立って揺られながら片手で記事が書けるのはスマートフォンをおいて他にない。タブレットなんぞ満員電車でこれ見よがしに店広げるのは迷惑千万だ。

そもそもスマートフォンに興味を持ったきっかけは、実は「流行っていたから」に他ならない。携帯電話として売られる以上国民皆スマホ時代が来るのは近い将来確実だからだ。

皆スマホ時代に使い方が分からないのは日本男児の恥なので早めに理解しておく必要性もあると感じていたのもある。とはいっても取説読むでもなく適当に触って覚えた。習うより慣れろ、だ。

もっとも、見たらすぐ分かる程度のGUIごときで私は悩まない。私が触って覚えたのは不慣れなAndroidのディレクトリ構造やらSDKのインストールやらの話だ。そもそもMacとAndroidの組み合わせは多分世の中の常識から外れている組み合わせなので参考になるようなサイトがMacとiPhone、あるいはWindowsとAndroidよりも遥かに少ない。

Googleアカウントの登録の仕方だの、Androidマーケットからのインストールの仕方だの、ウィジェットの配置だのは親切にもGUI化されているので初見でも普通にできるようにわざわざ作られている。

だから今書店のスマホコーナーを占めている各機種ごとのスマホ解説書には常々疑問を持っていた。Androidは特にプリインストールアプリに差があるだけでどの機種買っても操作に関して言えばさほど変わらない。もちろんワンセグやらFeliCaやら赤外線通信やらはハード搭載如何だが、それも大して変わらない。

ふと周りを見ると、今時分が立っている横はそのスマートフォン解説書コーナーのすぐ横だった。そこで店員のおねーちゃんが「発売されるかどうかは分かりません」と言っている。どうもおっさんは本を買いにきたのだがそもそも売ってないらしく、いつ発売されるのかをねーちゃんに執拗に質問していたようだ。

「発売されるとすると数ヶ月以内には出ると思いますが、今ここで出るか出ないかについては分かりません。」「出版社に問い合わせも出来ますが、今発売予定となっていないものは問い合わせても分かるかどうかわかりません。」「発売が決まったらご連絡差し上げることはできますよ。」「予約という形にさせていただいて、もし発売されたらご連絡差し上げるということでいかがでしょうか」店員のねーちゃんが同じ内容のことを別の表現で何度もおっさんに問いかける。

発売されるかどうか分からない本を予約する。商習慣的によく分からないやりとりに興味を覚えたこともあるが、とにかくそのおっさんの声がでかい。いやでも聞こえてきてしまう。話の中身を聞いているとそのおっさんの言っていることがクレーマーに近いことに気が付いた。

要するにおっさんの主張はこうだ。今ドコモでタブレットを買った。使い方は書店に行けば本があると聞いてやってきたがこの機種の本がない。別の機種のはあるのにこの機種のがないのはおかしい。いつ発売されるのか。そういう本がないとみんな使えないから困るだろ。普通は本を読んで使い方を勉強するものだ。これからはタブレットの時代なのにおかしい。

店員のねーちゃんがうざったく感じているのがよくわかる。ほとんどの方は本がなくても使いこなしていますよ。パソコンをお持ちなら使い方は似てるのでなんとなく使えるようになりますよ。あまり人気のない機種の場合は本が出ないこともありますよ。ねーちゃんの主張はもっともだ。

でもおっさんは食い下がる。俺はパソコン持ってない。入荷したら電話連絡っていうけど今住んでいるところが電波障害で電話がつながらない。電話しても無音で繋がらないのに電話料金だけ取られてるんだぞ。だから電話連絡は困る。電波障害だから電話はつながらない。繋がらないのに電話代だけ取られるから俺からは店には絶対電話しない。ハガキで連絡くれるならいいぞ。

おっさんは電波繋がりにくいところに住んでてドコモショップでタブレットを購入したらしい。笑止。

そんなおっさんが自慢げにドコモショップのねーちゃんにこれからはタブレットの時代とか言って鼻高々とタブレット買って、おっさんへの接客がうざくなったドコモショップのねーちゃんに本屋に行けば使い方書いた本があると、実は単にドコモショップねーちゃんにたらい回しされただけであることに気が付かず本屋へハウツー本買いにきて、本がないと困るとわめいてる時点で終わっている。

結局本屋の店員のねーちゃんは大手出版社に問い合わせてそのおっさんの持っているタブレット端末の本がの発売予定があるかどうかを聞く羽目になった。店の奥へ消えて10分程して戻ってきたが、現時点では出版社からは発売予定はないという回答だったようだ。

おっさんのタブレットの機種名は分からない。分からないがそんなことはどうでもいい。一番の問題は、何の目的でタブレットを買ったのか明確でないおっさんがこれからの時代の主役だと主張してタブレット端末を買ったことだ。購入目的がないおっさんがAndroidタブレット買って時代の寵児を気取るつもりか。

まあ、世間にだまされて流行りものを買ったおっさんは詐欺犯罪でいうところの被害者なので可哀想な面もある。が、そんなおっさんにAndroidタブレットを売りつけるドコモもドコモだ。最後まで面倒見ればまだ許すが現に本屋の店員のねーちゃんがその二次被害者になった。

本屋にある機種ごとのハウツー本に書いてあることは、機種ごとである必要性を感じない内容ばかりだ。Googleアカウントの作り方やマーケットからのアプリのダウンロードの仕方。プリインストールアプリの使い方。プリインストールといってもどの機種にも入っているようなものも多い。

別の機種の本を買っても対して変わらないということだ。現にケータイ時代と違い、Android OS搭載スマートフォンであればハードのメーカーが違っても中身が同じなので自分が使っている機種以外のスマホでも簡単に操作ができてしまう。人から質問受けても答えるのが楽だ。

スマートフォンしか知らないとタブレットのAndroid3.Xはすぐには使いこなせない。が、基本は変わらないので実運用上困ることは全くない。

先のおっさんと私は年齢に大きな差がある訳ではない。が、俺はあんな意味不明な言動で店員を困らせるようなことはしない。スマートフォンないしはタブレットを購入することに関して言えば、少なくとも俺はちゃんとした購入動機を持っている。空いてる時間にブロガーとして活動するためのデバイスとしての機能を求めているだけだ。

この1年半あまりでHT-03A、LYNX、REGZA Phone、Galaxy S、MEDIASとAndroidOS搭載機だけでも5機種使ってきた。iPhoneは3GSだけだがブログ向けの記事を書くという観点から一番操作しやすいのは圧倒的にiPhoneだった。

ただ、iPhoneはジョブス主義で大きさが決まっているため画面領域が今となっては狭いところがソフトウェアキーボード前提のスマートフォンでは欠点となってしまっている。

目的があればスマートフォンを選ぶ際の基準が明確になる。よくドコモショップで店員とどの機種がいいのか相談している光景を目にするが、私はそれをしない。単純にタッチパネルの感触と持ちやすさを自分で触ってみて決める。あとは価格だ。ただしワンセグだけは本当は内蔵していて欲しい。

先のおっさんの話に戻るが、さんざん店員のねーちゃんを振り回したあげく結局1冊の本を買って行った。なんと、何種類ものタブレットの写真が表紙にある類いのAndroidタブレットの活用ナントカとかいう本だった。今すぐないと困るから仕方がないのでこれを買う、とほざいていた。

だったら最初からそれ買っとけよ。機種専用のハウツー本のことを、途中でおっさんは3月末くらいまで待って出なかったらあきらめると言っていた。ということはあと2ヶ月弱は待てるんじゃなかったのかよ。

たぶんそのAndroidタブレット全般のハウツー本でおっさんの悩みはほとんど解決するだろう。だがおっさんには100%使いこなせないことは目に見えて明らかだ。自分で考えることができない人間はどんなデバイスを与えても絶対使いこなせない。PCと同じだ。ネットとメールだけで稼働率の100%。そんなもんだ。それで本人は使いこなしている気になるのは間違いない。

声のうるさいおっさんのせいで、本来の俺の目的であったCentOSの話はどこかに行ってしまった。結局何の収穫も得ないまま本屋を後にする羽目になってしまった。本屋のねーちゃんも勤務時間のうちの2時間を変なおっさんにつきあわあせれてさぞストレスが溜まったことだろう。ストレスが溜まったのはおっさんの戯言を聞いてるだけでイライラしてた俺も同じだ。

今後の高齢者社会を見据えると、最新のデバイスというものを使いこなせるようになるのが若年層だけになると市場規模が小さくなってしまう。だから今私のような中年はがんばって世の中に乗り遅れないように自分で努力しなければならない。若者を困らせるような質問をするのはそいつの努力が足らないのだ。

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